昭和44年05月09日 朝の御理解
御理解 第48節
「わが子の病気でも、かわいいかわいいと思うてうろたえるといけぬぞ。言うことを聞かぬ時に、ままよと思うてほっておくような気になって、信心してやれ。おかげが受けられる。」
信心をさせて頂く、おかげを受けるコツあいとも言いましょうか、その機微と、微妙な神様と私共とのおかげの交流の機微を教えておられると思いますね。もちろんここで、わが子の病気という事は、切実な難儀という事だと思います。時分の親として子供が病気するという事は、もう誰よりも増して心配になるのです。誰よりも、どのような事よりも、切実です。ただ可愛い可愛いと思うて、信心しておったんでは。
うろたえた、うろたえるという事は、例えばなら教会にお参りさせて頂いても、一生懸命拝ませて頂いておっても、心がうろたえておったらいけんのです。これは常日頃の信心がね、本気でなされておらなければ本当は出来ない信心ですね。まあ言うならば離れ業的な信心ですよ。その事とは、例えば心が分離しておらなければならない。その、切実な心配の事というものは、もう棚に上げておかなければならんのですからね。
そこには、本当に日頃信心して、そのこの神様を有り難いと、またはその神様の働きを信じての信心でなからなければならん。ね、ところがなかなかそういう信心が出けておりませんところに、その事によって一生懸命修行させてもらうと、修行させて頂くという事によってね、それによく似た心が頂ける、いわゆる安心ですかね。これほど一生懸命おすがりをさせて頂いておる事であるから、もうこれから先は神様に、もうお任せだといったような時が、これと同じような状態の時です。ね、
けれどもやはり、それよりもう一歩なら進んで、例えばそういう時でもうろたえんで済む信心。言うなら、言う事を聞かん時に、もうえい、もうくそ構わんぞというような心ですね。ここではままよという、思うてほっておくような気になってと、こう仰る。もう本当にその事が心配になるけん、お願いで来とるですよう。心配しよる、になるけん信心しよるとですよと、普通は一般そうですわね。
ならお取次ぎのお徳によっておかげを受けますけれどね。けれどもこう信心を確立という事をよく言われます。信心が確立するという事はですね、詳しくなるという事ではなくて、信心がそのような時にうろたえんで済むような信心が、確立しなければ駄目なんです。子供の病気と言や一番親としては心配であり切実である。そういう時にうろたえんで済むような信心を確立する。
私はこれはもうここに子供、わが子が病気でと言う様な事はもう、自分の子供達のことで、あのどの子にでもいつも悩まされて参りましたが、段々信心が分からせて頂くようになって、椛目でああして人が助かられるようになり、子供だんのこっちゃなか、もうまだそれよりか切実に大きな願いを一生懸命させて頂いておる事が出来るようになったから、この方の、それからこっちですね。
それからこの方の信心というものはです、いつの場合でも私は、ここんところがおかげを受けておられたと思うんです。ね、それはどういう事かと言うとです、本当を言うとですね、心がいつも神様に向かうてさえおれば良いという事なんです。ね、そういう気になって信心してやれおかげが受けられると仰るが、そういう気になって信心しておるという、そういう気になっていつもが信心な出来とればいいとです。
そすと例えば子供の病気は忘れるごたるおかげを受けられます。一番最近の事では先日少年少女会のキャンプ講習がございました時に、あちらで雨に打たれてから、風邪気味の所へだったそうですから、光昭が帰ったらもう同時に熱発いたしましてね、それでもう何か大変寒い寒いと言うて、あのまっ苦しんだらしいまだ休んでおりますが、ね。こちらもお届けに参りましたからお取次ぎさせて頂きましたけれども。
まっ普通は忘れておるという事の方が本当です。私の一切の心になかった。またほんなこの頃から若先生が間違いなく破傷風であろうと言われたあの時に、もう随分長い間苦しんでありましたが。もうこれは放っておくというかね、一つもあの病室を見舞うた事もありませんでしたが。もう朝晩、皆さんが一生懸命、青年会の方達が御用してから、もう御祈念に出てくるでも、もうはいはいして出て来る。大きな声は上げられないと言った様な、苦しい中を通っておるようでございましたけれども。
むしろ私の心の中には、それはもうあの、お礼心です、ね。こういう事によってもう本当の神様を頂かせて頂きよるのですから、お礼を申し上げる他ない。その心がこれは真実一番強いんです。ね、例えばあの、若先生が目にあの、竹が刺さった時なんかでもそうでした。目の玉がひっくり返るような、言うならば大難にあっておる時でも、私の心には一つもその、慌てるというところがございませんでしたもんね。
どっこい、その時には受けるという気持でした。もうですから、それはもう目くらになったっちゃ構わんていう気ですから、近所の方達が皆あの、一緒に遊んでおりました子供達も親達が来てから、もう早うお医者に連れて行って下さいち言ってから見えましたけれども。もうご心配いりませんよと言うて帰ってもらい、もういわゆる、ままよです。それがもう、それこそ奇跡的なおかげを受けております。
どの子でもそうですけど、特に今私ちょっと思い出させて頂く事は、愛子がちょうど小学校にまだ上がる前、半年も以上でしたでしょうか。あの時分にお参りになった方はご承知だったでしょうが、濡れたタオルをずっと、こうして目に当てて、手で寝とる間でも押さえとかんならんというように、目があった事があるんですよ。これはあの、子供達だけの事じゃない、家内たちのことでもそうです。
そういう時にですね、なるほど苦しんでおるその、こう見ますからやはり親ですからね。けれどもその、本当にここんところへですね、放っておってやれたという事です。放っておってやれたという事、やっぱそうですね。信心してやれと仰るのは、放っておってやれたという事が皆おかげを受けてる元です、奇跡的に。普通で言うなら、不思議、不思議というほどのおかげなんです。
だから、それがどういう事かと言うと、放っておってやれたという事は、放っておいてやれたような信心がいつも出けておるちいうことですね。ですから信心をですね、あの私本気でそういう風にして、あのそこんところをですね、もう不安半分、心配半分、不安でたまらんと言うて神様にすがっておる時には、やはり、ほんな事っちゃないですね。ですから、やはり何て言うですかね。医者にかかるなら医者にかかった方が、かかって、そしてお願いをして、おかげを頂いたら。
お願いをして、医者にかかったら良いと思いますね、れ病気のこと。ところがこれは一つの病気だけじゃありません全ての難儀。いわゆるわが子が病気でもとこう仰るという事は、もう一番切実な難儀です。だから切実な、例えばお金が足りんと、お金がどうしても金策が出けん。これごれの金策をしなきゃならんけれども、どうしてももう宛もないというような時があります、ね。
これはなら経済だけのこと、人間関係のことだって同じこと。そういう時にですそれも御都合じゃがと言うてその、放っておけれる信心ですよ。誰さんがどうぞこうだって人間関係の悩めし問題でもです、それなんかもう、放っておけれる信心。そこには、あの人も助かり、この人も助かるというおかげになってくる。もう20年も前の話でしょうか。その日も私はちょうどその当時。
一万円のお金を善導寺の方に持っあの、お参りをさせて頂く時に、それ支払わねばならん約束で、もうどうしても、その一万円という金を持って帰らなければ。その時分の一万円ってのは、あの百円札がなかったです。あの10円札でした。ですから10札が100円ちいのは、ちょうど弁当箱ぐらいの大きさになる、時分の事ですよ、20年前の話。ならまあ、長浜町から、あの荒戸の教会までもう、とにかく貴方もう、集金に行く所もないし、宛が「 」ですからね。
もう一生懸命神様におすがりする他ないけん、もうお参りしちゃ帰り、お参りしちゃ帰りです。もう3偏ぐらいお参らさせていたら、もうところが時間が切迫する。もう、もう今から行ったっちゃ、これは時間が間に合わんじゃなかやろうかと思うくらいに切迫して参りました。その最後に、ちゅうのは3回目か4回目のお参りした時でした。もう亡くなりました吉木先生が、ちょうど御大祭前で色々お掃除があってました。
ちょうどお掃除の手が少なくてですね、しておられましたから、大坪さんお掃除のおかげを頂いて帰りなさい。そしてあの、内殿のお掃除をしてくれと、こう言われるんです。ああこう、広いですからね。それはもう、私どん、もうその、いわゆる他所者ですよね、他所の信者の私である私にその、しかも内殿の掃除を命じられるという事はもう、もう身が縮むようなもん。
もう内殿に入りましたら身がジーンとして、位にやっぱあるんですよ。そこにあの一人の夫人の方がこうやってやっぱりお掃除をなさっておられました。私は右の方からその方は左の方からこうやって、例えばお掃除を済んで拭いて見えられます。ほいでこうやって拭いてこう一緒になりますとその向こうの夫人の方が、もうお婆さんでしたがまあ貴方はどちらからのお参りですか、いつもこの教会でお会いしますがっちこういう。
私はあの三井教会の大坪でございます。はあ貴方が大坪さんですか。もう親先生のお説教の時にいつも貴方のお話が出ますと、こう言うのである。それからもしかして、貴女はどなたですかって言ったら、私は真名子でございますち言うちゃる。もう本当にもう、それこそ私も貴女のお話を善導寺で、吉木先生からもう何回聞いたか分かりません。まあ、そこに私と真名子さんの出会いがあったんです。
あれはご婦人の方でしたけど、もう非常に熱心な御信心をなさる方でした。もう信者さんの内で私があちらへお話に参りますとですね、やっぱり多い時には30~40人ぐらい集まられるんです。そしてその真名子さんのいわばお取次ぎで助かっておる人達がと言う様にその熱心なお方でした。まあその方の話をもうお掃除しながらもう信心っちゃあ有り難いことですねえって言うてからもう金の事は忘れてしもうとるとですよ。
そりゃあ真名子さんは、もうお話が好きな方ですから、とにかく「十遍を」、大坪さん、私の方へ向けてお話をさせて下さい、と言うてもう、その自分のおかげを受けられた話をですね、お掃除しながら、一生懸命そのなさるんです。もう時間の立つのを忘れりゃ、心配事も忘れてしまう。ようやく内殿だけ終わりましたから、私帰らせて頂いて、お参りになった方御承知でしょうけれども、今の電車通りですね。
電車通りの一つの手前、一つの手前の所が十字路になっております。そこまで私が帰りました時、ちょうどこの所へ十字路でバッタリ出会いましたのが、今西新におります、生野忠義という、私の小学校時代の、いわゆる竹馬の友なんです。もう終戦引き上げて帰ってからこの方、子供の時に別れたきりですから、もう何十年。この人もなかなかの商売人で、ね、もうとにかく金原っていう魚屋さんに、久留米の、奉公する。
私は判光屋と酒屋に奉公する。それでとにかくあの商売でまあお互い成功し合おうじゃないかと言うた仲なんです。椛目に生野っていう自転車屋がありますが、そこの弟息子です。今大変成功しておりますもう椛目では一番の成功者と今その、皆が言うとるぐらいに儲け出しております。その人がですねそのとパッタリだった。はあ大坪君じゃないか生野君じゃないかと言う様な事なんですね。
どうしたほれがもう何十年ぶり会ってるその時に、実は今日椛目に帰らんならんけれども、実は帰られんでおるていちこう言う。どうしてやっち実はこんな事で、金一万円ばっかり持って帰る。まあとにかくとにかく私ん一遍来んのという訳で「 」唐人町におるちいう訳です。ほんな一足伸ばしますとそこに唐人町ですから参りました。そしたらその自転車の後ろの方へ、いわゆる弁当箱ぐらいやつ付けとりますもん。
これば風呂敷こてきて、ならとにかくまた一遍ゆっくりお話でもしようばってん、そげん急ぎよんならこれば持って行かんの。今日はね集金に行ったらちょうど一万円、普通今日は寄らない所から集金が寄ったち言うんです。一万円風呂敷に包んで私にそのまま貸してくれました。はあそれを持ってそれこそ「耳朶合わせて」帰った事でございますけれどもね。あのおかげを頂くコツというのはここです。もう本当の機微ですね。
私が内殿のお掃除を命じられて、もう一生懸命、もうそして、しかもそこにおられたのが真名子さん。いつもここでお話いたします方ですね。と、そこで出会いましたもんですから、もうとにかく、その心配事を忘れてしもうとる、ここで。ね、そりゃもう放っておいて信心してやれという、仰る。どこと同じ理屈でしょうが。いわゆるおかげの機微なんです。いやあ吉木先生、もう私は今日は心配でたまらん事がありましてから、今日はお金はこうこうですけん。実はこの用がありますけんち帰っとったら。
どこでおかげの頂けれる所は全然なかっただろう。何十年ぶりに会うその友達がですね、しかもあの、そこの十字路の所でピッタリそこで会うということ。しかもその人は、普通では、これは寄らない集金が、ちょうどしかも一万円集金して帰りよる。先日も娘が嫁入ると言うてその娘を連れてからここに参りました。そん時に私がその娘に言うんですよはらあもうお父さんがね。
こんなもうえらい先生と友達っちゅう事は光栄だとその娘が言うんですよ。そげなとじゃなかばいあんたんげんお父さんにこげなこつあった。もうあん時助けられた事だけは忘れられんと言うてから私はお話した事ですけれどね。そういう例えば意味合いでのおかげはもうどの位数限りなしに頂いて参った。是は金銭だけの事じゃありません人間関係の事だけじゃありません、子供の病気だけの事じゃありません機微なんです。
これがおかげを頂く先日からずっと連休が続きました。連休明けの日高橋さんの所ではお店が休業であのお休みでした。その日にあちらの職人が中心になる職人が二人、徳久さんと中村さんといういつもここにお参りをして来ますのがおりますが、先に徳久さんが、お母さんと二人でお参りをして参りました。ここで徳久さんが一番初めにお届けをする事はどういう事かと言うと。本当にこの度の連休には万事万端御都合お繰り合わせを頂いて、もう一生懸命にお使い回しを頂いて有り難うございます。
昨日は700コから作った弁当がそれを大半余らせて余った。さあそこでその店の者はそれを捌くのに一生懸命になるけれども、もうどっこい晩の事ですからもうそんなに売れない。高橋さんはこちらへ来て一生懸命御用があっておる。ね、ところが高橋さんの場合は、それがやっぱ心配になる。まあちっと心配なる。けれどもその、放っておく気で信心しよる訳です。これはもう高橋さんの、まあ十八番というか。
いつもがそうでしょうが。あれだけ忙しいお店を持っておられてから、ようももうあんなに合楽に通うて来られる。来られるだけじゃないああして填まり込んでから、ここで御用を頂いておられるという。もうその日は何か会合がありましたかね、企画の会、企画の会が済んでから、もう11時半頃だったそうです。電話かけられたんです。ところが、まあだこうこう余っとると、こう言う。
ほれで自分もまだあくる朝ここでお届けさるのにまだ、はあ今度ばっかりはもう粘ったばいのと思って帰りなさったに違いない。ところがその徳久さんがあくる日、丁度この大将とはするおうて、ここへやって来てる訳ですよ。先生夕べはもうおかげ頂きまして、もうこれは12時までで切り上げじゃこてというごつなってから、売れる事売れる事まっきっちり売れてしもうた。ほれで皆申しましたっち。ね、
あの大将の事をおやっさん、おやっさんち言うんですよ。おやっさんが一生懸命信心するから、こげんところが三福が違うもんねと言うてその、帰りましたと、その事がお礼が一番でした。それから30分ばっかり帰ってしましたら、その中村君がこんだ参ってきました。そしてここでお届けさせて頂く事は、その連休前にですね、忙しゅうなりますから、先生あの、心行をさせて下さい、心行をさせて頂きます。
どうぞお取次ぎを下さいと言うて、お願いして帰っとったんです。おかげで心行させて頂いて有り難うございましたと。もう連休内で忙しい事でございましたけれども、おかげを頂いて。途中で徳久君と丁度こう車で、丁度帰りよるのとそこで丁度会いましたと、こう言う車の中で。私ちょっとそのその前に中村君と、その徳久君が何かちょっとした事からその、互い違いになって全然物を言わんちいう訳なんです。
さあどこで神経が小さい方ですから、もうそれが心配なんですね高橋さんとしては。ですから二人がどうぞ物を言いますようにち言うちから、そのお届けがあっとったんです。そして中村君の話を聞かせて頂いてですいやあ中村さん、アンタがその話を聞いたら明日おやっさん来てから喜ぶじゃろうねえと言うた事でした。それは三福のその連休に忙しいという事に直面する前にひと修行させて頂こうとそれは心行させて頂こうと。
まだ信心が若いですから、心行とは物を言わん事だという風に思うとったらしいんですよ。だから職場に立ったっちゃその物を言わん訳ですよね。中々変わった変人ですですから中々良い信心が出来ます。ね、まあそんな事だったらしいですけども、まあここで皆さんが、今日の御理解から分からせて頂かなければならない事はです、ね。高橋さんがその事はですよ、その事は放任してです、合楽に通うておればですたい。
家ではその、店の事をそのような迫力を持った信心のある職人達がですよ、一生懸命三福を中心に働いておるという事です。これはですね、あの、今日の御理解をもう、具体的に働いておる姿というものを目の当たりに見るような思いがするでしょうが。放任しておけば、もう高橋さんの手やら足ぐらいな事ちゃなかです。一人おってガタガタするような事じゃでけんです。
それをしかも信心で祈って祈って、祈り抜いてその事の店の始末はこの人達がやっておる。もうこの人達の姿こそが神様の働きであり神様の姿なんです。ね、今日のここの48節の意味が分かるでしょうが。ね、例えば福岡からここまでです、そういう忙しい中になら参ってすぐ帰るにしましてもですよ、それでもとても参られる事ではないです、普通から言うたら。けれども親父さんはおらんでも。
その家ではこげんとがおるけんでと言うじゃなくてから、そういう神様の働きを店の隅々に頂いておる。先日秋永先生が言うておりましたが、ちょうどもう何日間あそこ菊栄会で、あの私の慰安の一日を過ごした日でしたが。前の日からでしたかね、それでもう高橋さん二日か家に帰ってない。それで今日はもう帰っとろうと思うて、秋永先生商売の用事のついでに寄ったんです。
所がもうお母さんがもうブツブツ言いよんなさるそうですもん。もうあればっかりはもうほんなこて合楽、合楽ち言うちからこげん忙しかとにもう、構いもせんち言うてからその、もうまるきり、秋永先生が悪口言われるごと言いなさるそうですもん。だからこうやって、まあ二階さ上がられて、奥さんがおられたから、本当にご苦労さんち言うちから、アンタがご苦労さん。
いやあ、秋永先生もそげなん段じゃありません。もうお父さんがおらん方がおかげ頂きますち言うた。もうだからね、お父さんどん宛にしよると、おかげを落とします。もう秋永先生あの、おんなさらんからこそ神様の方へ打ち込んでおって下さるからこそ、こげん忙しかっですけんで、もうお礼申し上げる他ありませんち言うてから、その家内が、まあ私はそればってんか、本当に高橋さんが家内にお礼ば言いたいごたる気持ちじゃったち言うて、秋永先生がここで話しておりました。
なるほどお母さんは信心が分からんから、こんな忙しかつに、合楽にばっかりと思うけども、信心が少し分かっておる家内はそれが分かっておるという事。そこにもう、神様の働きをもう知ってるということ。ね、いつの場合でも、いわゆるそこのところをです、まあ、いつの場合でもそういうおかげが頂けてです、もう、例えばなら弁当がどがしこ余っとるぞと言うてきても、不安にならないだけの信心がこれから、まあ例えば高橋さんには求められる訳なんですけれども。
そこの、心配になるから、いわゆる心配する心で信心して、信心して、信心してやれと仰る。信心させて頂いておると、心の中に不安がなくなって来る。ね、私はもう一万円、一万円と思うて、何回、行っちゃ帰り、行っちゃ帰りしておる時にはおかげにならなかったけれど、ね、さあ内殿のお掃除と言うて身が縮むような思いでお掃除をさせて頂いて。そして、お話はいつも有名な方ですからその話を聞いておるそのお婆さんと、内殿でこう、出会わせて頂いた時の、まあ感激と言うか、ね。
その信心の有り難いお話には、もうそれこそその心配を忘れてしまうという、その一瞬がですたい。ね、ここんところに所謂、おかげの機微と言うか、おかげが本当に神様が十二分に、お働き下さる事の出来る場が、そこにある訳です。ね、だから心配になるならその心配が、薄らぎなくなるところまで、打ち込まにゃいかん、修行せにゃいかんという事が分かります、ね。
これなら必ずおかげが頂くだけじゃありませんそれは徳になります、ね。神様を信じきっての安心なのですから、ね。大変、難しい事ですけれども、信心させて頂くなら、そういう信心を身につけるという事。ね、そういう信心を身に付けさせてもらうおかげ。これはわが子が、わが子の病気でも可愛い、可愛いと思うてと言うておられるが、これはわが子だけの事だけではない事が分かるですね。人間関係だって、ね、商売の事だって経済の事だって、同じ事だという事が言えます、
どうぞ。